それから30年たちました。 清水町出身のお医者さんの土岐さんは、その間、ずっとあのゼロ戦の事故が気になっていました。 土岐さんも、あの死んだパイロットと同じ海軍の予科練にいたからでした。 仲間として、あのパイロットについて、どうしても知りたかったのです。